静まり返った青梅コンテナふ頭。 照明塔の明かりを避けるように、無灯火の車が向き合い停車している。 その一台の運転席には幸太郎、その後ろの席にはユキチの入ったケージを抱える白いワンピース姿の玲子がいた。
「玲子、取引が成功すれば100億だ。 ははっ、これでまた楽ができるぞ」
ハンドルを叩き高揚する進次郎をよそに、眉一つ動かすことなく対岸の夜景を見つめる玲子。 つば広帽とバタフライ型のサングラスの隙間から見える打撲痕が痛々しかった。
ピピッ。
幸太郎の腕時計のアラームが23時を知らせた。
「時間だ・・・ よし、行くぞ」
定刻と同時に互いの車のヘッドライトが点り、幸太郎と令子そしてΣ幹部の尾崎と大型バッグを背負った二人の部下が光の中央に集まった。 尾崎聡・・・ かつて渋谷一帯を牛耳っていた武闘派チーム”インパルス”の二代目ヘッドで、殺人事件で10年の服役を終えた機にΣに引き抜かれた筋金入りの悪人である。
「旦那、鍵は見つかったんだろうな?」
「ああ、約束通り確保した」
幸太郎が目配せをすると、玲子はケージを持ち上げユキチの鳴き声を聞かせた。
「ニャア・・・」
「よし。 時間がない、早速始めようぜ」
カンカンカン・・・
事前に用意されていたタラップを使い、5人は貨物船のデッキへと上がっていく。 8万トンクラスの船上は、建造物のように積み上がったコンテナの影がデッキ一面を覆いつくし、満月の明かりなしでは前に進めないほどだった。
「おいヒロ、ノブ。 お前らは先に言ってコンテナを探せ。 場所は第1デッキ、番号はSGM U 163274。 紺色のコンテナだ」
「わかりました」
尾崎は部下がいなくなるのを見届けた後、ズボンのポケットからタブレットケースを取り出すと、ブーストを一錠口に投げ込みかみ砕いた。 さっきまでの気怠そうな表情から、ギラついた目を持つ顔へとみるみる変化していく。
「・・・あぁ・・・ いいねえ・・・ ふぉおおおっ!」
完全にハイになった尾崎はデッキから身を乗り出し雄叫びを上げた。
「おい、危ないぞ」
「は?」
幸太郎のその一言に反応した尾崎は、腰に差してあった拳銃を手に取ると空へ向け引き金を引いた。
パン!
乾いた音が無数に並ぶコンテナに反響している。 尾崎は心地よさげな表情でそれを聞き終えると、突如幸太郎へ銃口を向けた。
「俺に指図するんじゃねぇ。 ・・・ケガするぞ」
「わ、わかった・・・ そいつを収めてくれないか」
慌てて尾崎を静止する幸太郎。 それとは対照的に落ち着いた様子で黙って佇んでいる玲子。
「これまた随分と肝の座ったお方で・・・ あいさつ代わりにちょいと顔でも拝ませてくれませんかね~」
尾崎が玲子の前に立ち帽子に手を掛けたその時だった。
パシッ。
「それは取らないでやってくれ。 ・・・頼む」
幸太郎は尾崎の手を掴んでいた。 傷だらけの顔を見られたくない玲子の気持ちを察しての行動だった。
「これまた優しいお方ですね~・・・ ふんっ!」
バキッ!
「ぐっ・・・」
拳銃で勢いよく殴られた幸太郎はその場で倒れた。 数メートル先には血の付いた欠けた歯が落ちていた。
「ぶっちゃけ、猫さえいれば別にてめぇなんざ居ても居なくてもどっちでもいいわけよ・・・ うちのボスが生かしとけってうるせえのよ。 まあ事故死にすりゃ納得してくれると思うけどな~。 んん?」
尾崎が幸太郎の眉間に銃を突き付け引き金に力を入れかけたその時、ポケットから携帯の着信音が鳴った。
プルルルル・・・
「なんだ? ・・・ああ分かった、今行く。 チッ! 運のいい奴だ・・・ オラ立て! 行くぞ」
尾崎は倒れる幸太郎を蹴り起こすと、前方の第一デッキのある船首へと向かった。 玲子がそっとハンカチを手渡すと、幸太郎は無言でそれをむしり取り尾崎の後を追った。
「尾崎さーん! こっちでーす!」
遥か前方でノブが両手を振っている。
「あいつ馬鹿か・・・ でけぇ声で名前呼びやがって・・・」
キレた尾崎は両手で拳銃を構えゆっくり腰を落とすと、手を上げるノブ目掛け発砲した。
パン!
・・・ドサッ。
弾は偶然にも太ももをかすめ、その場で倒れたノブは痛みのあまりゴロゴロと転げまわっている。
「はっは! 見たか? 俺の腕前スゲーだろ?」
気が触れた尾崎の行動に、二人はただ黙ってうなずくことしかできなかった。
「痛ってぇ~・・・ 尾崎さんマジで撃つなんて・・・」
「何だ、かすっただけじゃねぇか・・・ いいからこっち来い」
尾崎はノブを立たせブロックの角を曲がると、20mほど先で手招きするヒロの姿があった。
「ありました。 こっちです」
5人は指定のコンテナ前に集まった。
「SGMのU・・・ 163274・・・ コイツで間違いないな。 ヒロ、コイツで開けろ」
「はい」
ジャラッ。
ヒロは尾崎からコンテナの外鍵を受け取り錠を外すと、固いハンドルを上げ扉に手を掛けた。
ガコン・・・ ギィッ・・・
観音開きの扉から現れたのは、気泡コンクリートと特殊合金でできた重厚な大型金庫が十数台。 それぞれの扉には虹彩認証装置が取り付けられていた。
「おい、お前らは荷詰めの準備をしろ。 女はケージを持って中へ入れ・・・ 旦那、あんたはそこで見張ってろ」
拳銃をチラつかせる尾崎の指示に従い、三人はコンテナへと入っていく。 一人残った幸太郎は、ハンカチを口に当てたまま外で見張ることにした。
「こりゃまた結構な数だな・・・ よし、30分で終わらせるぞ」
懐中電灯の明かりがコンテナ内を忙しく動き回っている。
「まずはこの金庫からだ。 鍵の開け方は分かってるな?」
玲子はケージの中からユキチをそっと、取り出すとやさしく胸元に抱きかかえた。
「怖がらないで、すぐ済むわ」
「ニャア・・・」
ユキチの頭を認証装置のカメラへ向けると、しばらくしてランプが黄色から緑色へと変わり、
バン。
と合金のボルトがスライドする音が鳴った。
「開いたか」
ギィ・・・
金庫の中には、白いビニールテープが巻かれたレンガ大の塊がぎっしりと詰められていた。 尾崎はその一つを取り出し乱雑に包みを破りはじめると、薄紫色の丸い錠剤が数個入った個包装が顔を出した。
「すげぇ・・・ これがスパーク・・・」
「前のよりも小さくなってますね」
「ああ、だがブーストとは比べ物にならないほどいいらしいぜ」
新薬のスパークを前に思わず口元が緩む三人。 玲子は壁を背にユキチを抱いたまま静観している。
「試してみるか? ほら、今日の仕事のご褒美だ」
尾崎は破り口から袋を一つ取り出すと、ヒロ、ノブそれぞれに2錠ずつ分け与えた。
「いいんすか? こんなに・・・」
「尾崎さんはいらないんですか?」
「俺はさっきキメたからいい。 遠慮するな」
ためらうことなくスパークを口に入れる二人の前で、尾崎はまるで観察するようにじっと見ている。
カリッ・・・
ボリッ・・・
その効果は絶大だった。 飲んでしばらくはお互いの顔を見合わせているだけの二人だったが、それから数秒後にはブルブルと肩を小刻みに震わせ、粗い呼吸と共に瞳孔がみるみる広がっていくのが傍目に見て取れた。 そして高揚したノブは奇声を上げながら、負傷した足を気にも留めずその場でピョンピョンと飛び跳ね、ヒロに至ってはあふれ出す解放感のあまりその場で失禁してしまった。
「お、尾崎さん! コレヤバイっす! 俺、今空飛んでます!」
「ああ~・・・ ああ~・・・」
完全に正気を失った二人はコンテナの中でトランス状態に陥ると、ケラケラと笑いながら抱き合ったり殴り合ったりを繰り返し、ついには口から白い泡を吹きながら卒倒しやがて動かなくなった。
「おいおい大丈夫か~?・・・ あ~あ~、こりゃ死んだか? ・・・くくっ」
常軌を逸した光景を前に失笑する尾崎は、二人を使ってスパークの効果を確かめていたのだった。
「たった2錠でこの効果・・・ 相当なもんだなコイツは」
そう言いながら袋に残っていた一錠をつまみ上げそれを口へと運んだ。
ガリッ・・・
尾崎は何度もうなずきながら薄ら笑いを浮かべている。
「ははは・・・ ははは・・・ こりゃあすげぇ・・・ 今までのとは格が違うぜ」
そして血走った目を隣に立つ玲子へ向けると、つま先から膝、そして腰元を辿り胸元、首筋へと視線を舐めるように絡ませた。 ワンピースの上に羽織られたカーディガンから覗く、白く透き通った肌が尾崎の欲情を掻き立てていく。
ゴクリ・・・
そして立ち上がった尾崎は、おののく玲子に身を寄せた。
「あんた、いい匂いするな・・・ ちょっと待ってろ」
尾崎は懐中電灯を金庫の上に置くと、
「旦那・・・ ちょっと扉を閉めてくれ」
と外にいる幸太郎へコンテナのドアを閉めるよう指示した。
「・・・どういうことだ?」
「へっ、こういうことだよ」
挑発するように舌を出し己の股間を揉む尾崎。 その目は焦点が定まっていなかった。
「待ってくれ! 玲子には手を出さない約束だぞ!」
幸太郎はコンテナに乗り込むと尾崎の腕を掴み制止を図った。
「んん? 何のマネだてめぇ!」
「玲子を放せ!」
「ぶっ殺すぞ!」
二人はもみ合いになり、固いコンテナの壁に何度も体をぶつけ合った。 幸太郎は小中高と空手を学んでいたこともあり腕っぷしには多少自信があったが、さすがに喧嘩慣れした元チーマーの尾崎には手も足も出ず、ついには顔面に膝を入れられコンテナの外へと放り出された。 そして尾崎は倒れる幸太郎の腿目掛け拳銃を一発放った。
パン!
「うがっ!」
「ふん、言わんこっちゃない・・・ 命あるだけ有り難いと思いな! 今度また入ってきたら容赦なく女の頭撃つからな! ・・・ペッ」
尾崎は血の混ざった唾を幸太郎へ吐きかけると、自らコンテナの扉に手を掛けた。 閉まる瞬間、怯える玲子の手が幸太郎に助けを求めるように伸びていた。
「それでは、ディナータイムのはじまりはじまり~」
ギイ・・・ バタン・・・
「ぐっ・・・ れ、玲子・・・」
成すすべもなく、血で赤く染まった腿を押さえながらその場にうずくまる幸太郎は、今にも意識が飛んでしまいそうな猛烈な痛みの中で、玲子とのこれまでのことを回想していた・・・ 知り合って今日まで度重なる裏切りと暴力を受けようとも、決して離れることなく寄り添い続けてくれた玲子。 そして今、何もできない自身の愚かさと不甲斐なさが一筋の涙となって頬をこぼれ落ちた。
「俺は何てことを・・・」
薄暗いコンテナの中では懐中電灯の明かりの下、粗い息遣いで必死に抵抗する玲子に抱き着く尾崎がいた。
「へへっ、いい体してるじゃねえか・・・ なあ、あんな中年のボンボンは捨てて俺の女にならねえか? 俺なら毎日あんたを喜ばせることができるぜ」
「や、やめて・・・」
尾崎は玲子の首に巻かれたスカーフをほどくと、現れた白い首筋を食らいつくように舐めまわした。 そして尾崎の膝が固く閉じられた太腿を割ると、玲子は諦めた様子で
「せめてライトを消して・・・」
と耳元で小さく囁いた。
「物分かりがいいね~・・・ たっぷり可愛がってやるからよ~」
尾崎は懐中電灯に手を掛けスイッチを切った。
ゴン・・・ ゴンゴン・・・ ゴンゴンゴン・・・
尾崎と令子が入った揺れるコンテナの前には、ぎゅっと目を閉じ両手で耳をふさぐ惨めな幸太郎の姿があった。 身動き一つ取れず、薄い鉄の扉の向こう側で行われている蛮行が終わるのをただ待つだけの自分を激しく責めた。
「くっ・・・ 俺ってやつは・・・」
ガン! ガン! ガン!
とコンテナ内でこだまする何かを打ち付けるような音は激しさを増していき、やがて尾崎の遠吠えのような声が聞こえ始めた。
「うおおお~っ!」
その時だった。
「もうやめてくれ・・・ やめてくれ!」
思い立った幸太郎は勇気を振り絞り立ち上がると、血が滴る足を引きずりながらコンテナへ向かい扉に手を掛けた。
バタン!
「尾崎!」
薄暗いコンテナの中に佇む一つの黒い影。 それはズボンを下したまま背を向け立つ尾崎の姿だった。 その光景に幸太郎は違和感を覚えた。 なんと首から下が正面を向いているのだ。
「・・・どうなってるんだ?」
幸太郎が手を伸ばしかけたその時、尾崎の体がゆっくりと傾きはじめ固いデッキへ叩きつけるように倒れた。
バン!
「ひいっ!」
思わず腰を抜かす幸太郎が目にしたものは、頭が反転し既に絶命している尾崎の姿だった。 その口にはスパークが溢れんばかりに詰め込まれていた。
コツ、コツ、コツ・・・
幸太郎がその先に目をやると、暗闇に浮かぶ赤く丸い光がヒールの音と共に近づいてくる。
「れ、玲子・・・ 無事だったか?」
コンテナ内に差し込むネオンライトがその姿を露にした時、幸太郎は安堵から驚きの表情へと一変した。
「・・・あんた、誰だ・・・」
そこには長い髪をなびかせたワンピース姿の暁が立ってた。
「会うのはこれで二度目ですね・・・ 四葉幸太郎さん」
数時間前の惨劇の現場・・・
「助ける人間がまだ他に・・・ もしかして?」
「そう、幸太郎さんよ。 あの人はただ利用されていることに気が付いていないだけなの。 お母さまの為にも・・・」
茜は立ち上がり、傷だらけの玲子の顔をじっと見つめ言った。
「私にいい考えがあります。 玲子さん、着ている服を全部私に貸してください」
記憶の糸を辿る幸太郎・・・ そしてようやくそれに気が付くと、ハッと驚きの表情を見せた。
「昨日、自宅前にいた・・・」
「そう、そしてあなたを救いにここへやって来ました」
「俺を救いに?」
暁はコクリとうなずくと、黙って一つの便せんを手渡した。 幸太郎は中から手紙を取り出すと、夜景の明かりを頼りにそれを読み始めた。
”幸太郎さん。 これを読んでいる頃はおそらく船上でしょうね。 思い返せばあなたはお父様が亡くなって以来毎日、すべての重圧に追われ疲弊し、逃げるように薬に溺れていく姿を私は見てきました。 あの時、それを止めさせることであなたが一層苦しむのではないかと、私も現実から目を背けてきたのかもしれません。 そんな私にできるのは、ただ黙ってあなたの傍にいることだけでした。 しかし、それがあなたにとって疎ましさとなっていたのでしょうね。 あなたの抱える孤独や苦しみからすれば、私が受けた痛みなど大したものではありません。 私の願いはただ一つ。 幸太郎さんが自らを戒め、もう一度生まれ変わり人として真っ当な人生を歩んでくれること。 ただそれだけです。 もしあなたが望むのであれば、私はあなたの帰りをずっと待っています。 玲子”
「玲子・・・」
読み終えた幸太郎はその場に膝を落とすと、大粒の涙を流し嗚咽しながら手紙を強く胸に抱きしめた。
「あなたが守り抜くものは地位や名声、ましてお金でもありません・・・ それが何かはあなたが一番理解できたはずです」
その時、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえた。
「・・・行ってくれ」
「あなたは?」
「すべては俺が蒔いた種だ・・・ 最後くらい自分で刈り取らせてくれ。 それと、玲子に・・・ 玲子に伝えてくれないか? ・・・愛していると」
暁は黙ったままコクリとうなずくと、ユキチを連れ船を後にした・・・
翌日、”四葉物産社長薬物所持と殺人容疑で逮捕”のニュース速報が大々的に世に報じられた。
四葉邸のリビングでは、テーブルを挟み向かい合う紫月と茜の姿があった。
「あなたは何も悪くはないわ。 危険な目に遭いながらもユキチの保護をしていただいて・・・ 本当にありがとう」
「ニャア」
紫月の膝の上で丸くなるユキチも茜をねぎらっている様子だった。 茜は己の不甲斐なさと紫月の優しさに触れ、涙を流しながら何度も頭を下げた。
「親の言葉としてどうかと思うのだけれど、私はあの子が捕まってよかっと思っているのよ・・・ 三代続いた四葉物産も、一族経営から脱するにはいい時期なのかもしれないわ」
紫月はゆっくり立ち上がると、カーテン越しに見える大勢のマスコミ関係者を見て言った。
「苦労を重ね築き上げてきた理想郷も、崩れ堕ちるのは本当に一瞬・・・ きっと人を上から見てきた報い、今度は私たちが上から見られる側になるの。 これが業というものよ・・・」
目を赤く腫らせた茜は紫月に尋ねた。
「紫月様はこれからどうされるのですか?」
紫月は振り返り笑顔で答えた。
「この脚で坂を歩くのはもううんざり・・・」
実況見分によると、鎧塚探偵事務所襲撃事件については死者5名、重症者1名。 加害者死亡に伴い、真相は闇に包まれたまま「調査対象者の怨恨によるもの」と片付けられた。
数か月後・・・
そこは大都会新宿。 そびえる高層ビル群を見上げるように佇む、今となっては珍しい赤レンガ造りの雑居ビル。 そのビルの5階、薄暗い廊下の突き当りにこぼれる明かりが一つ。 そこに暁探偵事務所はあった。 真新しいベージュ色の壁紙、光沢のあるフローリングの床、新調されたオフィス家具類。 新宿の美しい街並みが見える窓を背に、キーボードをリズミカルに叩く細く長い指先。
タタタタタ・・・ タッ。
「よし! あとは現地入りね。 ボス、今日は八王子方面での調査なので直帰しますね」
「はいよ。 ・・・ところで茜ちゃん、ここはあなたの事務所なんだよ。 俺を未だにボスって呼ぶのはどうなのかな?」
「いいんです。 私がここのボスだとしても、私のボスは鎧塚進次郎ですから。 ・・・それより車椅子の高さ大丈夫ですか? 高すぎると首痛めますよ」
「大丈夫だよ。 ありがとう」
茜は不自由な身となった進次郎の代わりに探偵の資格を取り、新たな事務所を設立していたのだった。 そしてここにもう一人心強い仲間が・・・
ガチャッ!
「遅くなってゴメン! 自転車パンクしちゃって~・・・」
そう、浅野凛である。
失った仲間、拭い切れない過去を背負いつつ進み始めた新たな人生。 茜はこれから立ちふさがる幾多の苦難に、真っ向から挑み立ち向かうと心に強く刻むのであった・・・
「お悩み事は暁探偵事務所まで! 即日解決いたします!」
エピローグ
事件から数日経ったある日、茜は身寄りのない日下部の遺品整理へと自宅へ訪れていた。 まるで自らの運命を悟っていたかのように家の中は閑散とし、着替えと寝袋が寂しく和室に置かれていた。 人の温もりからかけ離れたその光景を目に、茜は日下部の計り知れぬ孤独を感じ取っていた。
「日下部さん・・・」
そして目に入った部屋の片隅に置かれた大きな風呂敷包みと、その折り目に挟まれた“暁”と書かれた一枚の紙。 何気なくそれを開けてみると出てきたのは二段式の古い桐箱だった。
「刀箪笥・・・?」
上の引き出しにそっと手を掛け引いてみると、黒い忍び装束と真っ赤なグローブにブーツ、そして割り九曜が描かれたベルト。 続けて下の段を引くと絹の袋に入った刀が一本。 それは確かに見覚えのある赤い柄地と下緒が巻かれた暁の愛刀だった。
「刹那・・・ 久しぶりね」
目の前のガラスに映るのは、忍び装束をまとい刹那を背に立つ暁の姿だった。
「オン・ベイシラマンダヤ・ソワカ・・・」
榎月みらく