「人生をもっと軽やかに、もっと素直に自分らしく楽しみたかった・・・」と振り返る日が必ずやって来ることを知っているだけに、過ぎ去る日々に対する愛おしさは形容し難いほどに大きく、また切ない。 

時間とははじめからそこにあるものではなく、行いによって得られる満足度や達成度のようなもの、つまり「ああ、楽しかった」と思えるような充足感こそが時間という形なのだと捉えている。 だからこそどんなものであれ「楽しむ」ようにしてきた。 たとえそれが苦手な仕事、単純な作業であっても、知識の拡張や記録づくりなど見方次第で魅力あるものに見えてくるから不思議。 要するに”好きか否か”より”楽しめるか否か”でほぼ全ての問題は解決できるのである。 

そう簡単なことではないのは分かる、それができるのは多くの経験で得られた多角的な目線が必要だと言うだろう。 でも考えてみてほしい、皆それをいとも簡単にやってのけてきたのでは? そう、それは幼い頃の自分。 まだ”人生”という言葉すら知らない、その一瞬一瞬の物事に対し蘭々と目を輝かせ楽しんできた自分。 あの頃の記憶が今も鮮明に焼き付いているのは、正しい時間を過ごしてきたという証拠。 だからこそ、そんな過去の自分を裏切るような生き方だけはしたくないと、これからも目いっぱい楽しんでいきたいのです。 そしてあなたもそうあってほしいと。 

いつもありがとうございます。 

Kitでした。