Kitです。

まだ若い時、ここ数年は毎年のように海外出張があったこともあり、海外には割と慣れ親しんでいる方だと思う。
毎度、手配から現地へ行くまでの心身的疲労は避けられないのだが、現地へ入ってしまえば気楽なもの。 勝手にホームグラウンドと思い込んで現地人になりきり滞在を楽しむのである。基本的に単身渡航なので”自由”。 仕事以外の全ての時間が至福そのもの、風の吹くまま気の向くまま、心の底からリラックスでき楽しめる。そういう気持ちの高揚に反比例するかのように、何かと”トラブル”というものも付いて回るもの。

あれははじめてイタリアへ旅行した時のこと。 当時22歳だった。
当時はPCはもちろん、インターネットなどない時代。 予習はもっぱら本屋でのガイドブック調査。 もちろん選び抜いたガイドブックは旅行が終わるまでのパートナーとして、私の手から離れることはない。 が、それが奴らにとっての格好のサイン”私は旅行者、お金持ってますよ~”となるわけだ。
流れ者の”ジプシー”についてはよく調べたつもりだった。 もっとも多いのは、子供たちが訴えを書いた紙の板を目の前で広げ、それに気を取られている隙にポケットから金目のものを盗むという手段。 いわゆるスリ行為。 対策としては子供たちが現れたら鞄を抱え逃げなさいというもの。
それは宿泊先のホテルの窓からもそれは見て取れた。 朝、表の通りで大声がするので窓を開け下を見ると、ジプシーの子供たちが奪い取った鞄を抱え、全速力で逃げているではないか。 「ああ~、あれがそうか・・・」と呑気に傍観してた。
そして午前中のショッピングへ向かうため、私は慎重に慎重を重ね身体のあらゆる場所へお金を分け忍ばせた。 フロントでキーを預け、颯爽と玄関を出て角を曲がった時だった・・・目の前から7、8歳ほどの5、6人の子供たちがワーッと駆け寄ってきた。 手には文字の書かれた板があった。
「出た!」そう思い体を反転させようとしたその時、子供たちは板をかざすどころかそれを路上に投げ捨て私を取り囲んだのだ。 そしてまるで金縛りにでもあったように身動きが取れなくなった。 なんと両手両足それぞれを一人ずつが抱きかかえているのだ。
体を振りほどこうと必死によじり、「ゴラァ!」とガラの悪い怒鳴り声をかけるも、私はショッカー基地で拘束された本郷猛スタイルで、成すすべなく次から次とテンポよく金をむしり取っていかれたのだった。 その間わずか数秒。 F1のピットクルーも真っ青の早業である。 それはスリではなく明らかな”強奪”だった。
ポケットの中身全てを抜き取られた後、目の前で事の一部始終を見ていた老夫婦に微笑まれたのは何とも恥ずかしかった。 そしてホテルを出て1分ほどで舞い戻ってきた私を見て、フロントの男は必死に笑いをこらえていたあの顔は今でもはっきり覚えている。 いっそ大声で笑ってくれた方がまだ気持ちが吹っ切れただろうに・・・

そうして、滞在初日1分も経たぬ間に持ってきた全財産の半分以上を失った私は、残りの5日間ほぼパンとジャムの生活になったのは言うまでもない。という、ガイドブックにも載ってないミラクルな襲撃を体験したとずっと昔のお話。
その後も二度イタリアへ行っているが、心地よい気候、美味しい料理、陽気な人々はやはり人々の心を惹き付けるだけのことはある。 近年はジプシーも少なくなっているようなので、機会があればまた行ってみたい国の一つである。

あの苦い経験があったからこそ、渡航における心の持ちようができたものと思っています。 今となっては笑い話、人生何事も経験なのです。

Kitでした。